迷子の日記。行ったり来たり。

本当に本当に本人以外にはどうでもいいようなことをつらつらと書き連ねています。このブログにはアフィリエイト広告を使っています。

【本の紹介】江國香織さんの小説『神様のボート』を思い出して

                                <a href="https://www.photo-ac.com/profile/43626">acworks</a>さんによる<a href="https://www.photo-ac.com/">写真AC</a>からの写真

リンツのチョコレート

先日に引き続き、この日も歩きました。前の倍。4時間近く。これについては、もう少し落ち着いてから、文章にできたらと思っています。

 

とにかく、切なくなるくらい歩いたのです。

 

途中、リンツの専門店の前を通りました。私はリンツが好きです。ゴディバより好き。今は買っていないけれど、会員カードも持っている。そのことを考えると、少し胸がきゅんとなる。

 

チョコレートさえ買うことを迷うほど、なぜ私は困窮しているのか、と考えてしまうので。

 

それとは別に、リンツの前を通ると必ず思い出すのが、江國香織さんの小説『神様のボート』です。

 

神様のボート

                                <a href="https://www.photo-ac.com/profile/43626">acworks</a>さんによる<a href="https://www.photo-ac.com/">写真AC</a>からの写真

小説を読んだのは数年前です。
※手元に本がないので、これから記載するストーリーは少し怪しいです。

 

主人公は既婚者です。夫に不満があるわけではありません。でも、出会ってしまった。運命の人に。彼女はその男性の子を産みます。

 

そして、夫へのすまなさを抱えながらも、愛する人を選ぶ。離婚の条件は、この土地から離れること。

 

相手の男性は、彼女を必ず迎えに来ると言った。どこにいても必ず探し出すと。彼女は、その言葉を信じて家を出ます。

 

そして、贖罪のように引っ越しを繰り返す。迎えを待ちながらも、一か所に留まることをしないのです。ただ、必ず探し出してくれることを信じて。

 

友達ができたころ知らない土地へ連れていかれることについて、娘は不審に思います。不満も募る。けれど、母は何も語らない。

 

寂しさと不安を紛らわすのに、主人公が唯一口にするのが、お酒とリンツのチョコレートでした。

 

私の記憶では、彼女が好きだったのは、たしかミルクチョコレート。ストーリーに不釣り合いに思われる、赤い包みの板チョコだったと思います。

 

こんな小説には、甘さの少ないブラックチョコレートか、もっと気取った一粒ずつのチョコレートが似合いそうなのに、甘ったるいミルクの板チョコ。

 

そこにとても親近感を感じて『神様のボート』がいつまでも胸に残る小説になりました。

 

もし、これがカクテルか何か別のものだったら、記憶に残っていたかどうか分かりません。

 

小説では、年老いてしまった主人公を約束通り彼が迎えに来て終わります。年老いて、と言っても50過ぎくらい。中年だったと思います。

 

神様のボートとは一度乗ってしまったら、行く先は神様に委ねるしかない、ということなのでしょう。

 

江國香織さんは、この小説を「狂気の小説」とおっしゃったそうです。私には「狂気」という表現はしっくりこなかったのですけれど。今もそれは変わりません。

 

泉鏡花の『外科室』

生涯にただ一人の人を思い続けることは、果たして「狂気」なのでしょうか。

 

泉鏡花の『外科室』が好きです。一時期ではありますが、この小説が胸から離れなかったことがあったほど。

 

17ページくらいの短編です。何度も何度も読み返しました。

 

主人公の女性は、ある日小石川の植物園に家族でお花見に出かけます。散策している途中医学生とすれ違う。その瞬間に、お互いに恋に落ちてしまうのです。

 

二人はその後会うことはありません。主人公は結婚し、子供も産みます。そして胸を患う。心臓の手術を受けるため手術室に入ると、執刀医としてあの日の医学生がいます。

 

主人公は、麻酔を拒む。主人は妻を、子供のためにも生きて、元気に戻らなくてはならない、と諭しますが、どうしても彼女は聞き入れません。

 

彼女は言うのです。「私はね、心に一つだけ秘密がある。麻酔が効いてくると、人はうわごとを言うという。絶対に口にすることのできぬ秘密なのだ。だから、どうぞ、麻酔なしに私の胸を切っておくれ」

 

そこに執刀医である彼が来て、無表情で彼女にメスを向けます。その瞬間、彼女は、メスを持つ彼の手に自分の手を重ねて「あなたは私のことを知りますまい」と言う。

 

それと同時にメスを握る手に自分の胸を当てて絶命し、同じ日に彼は自ら命を絶ちます。

 

すれ違い際、たった一瞬目が合っただけ。その相手を一生胸に秘める。誰にも理解できるはずがない。これこそが狂気。

 

おわりに

 

純愛は狂気と紙一重。紙を破れば、すぐに一線を越えて行ってしまいます。生と死が地続きの世界へ。

 

『神様のボート』は、とても面白い小説でした。江国さんの小説は、表現がどこか淡々としていて、余計にその世界にのめりこんでしまうところがあります。

 

「狂気」という表現は、私は、知らない方が良かったかな、と思った記憶があります。なぜなら『外科室』以上の狂気はないと思うから。

 

もう一度、読み返したくなりました。二つの小説を。リンツの代わりに、ガーナのミルクチョコレートを買って。コーヒーを淹れて。