迷子の日記。行ったり来たり。

本当に本当に本人以外にはどうでもいいようなことをつらつらと書き連ねています。

【本の紹介】柴崎友香『寝ても覚めても』

                                <a href="https://www.photo-ac.com/profile/250461">きなこもち</a>さんによる<a href="https://www.photo-ac.com/">写真AC</a>からの写真

【少し長文になったので「もくじ」です】

恋愛における「浮気」と「純愛」と「狂気」について

この本を読んだのは、もう2年も前になります。図書館で偶然手にした本でした。タイトル通り、恋愛小説です。

 

久しぶり夢中になり、小説が頭から離れず…いえ、心から抜けないで、暫らくは、まさに「寝ても覚めても」な状態になってしまいました。

 

※それでも、2年前に読んだきりです。いつものように図書館で借りて読みました。現在、ちょっとしたスキャンダルのおかげで、図書館で借りることは難しそうです。そのため、記憶による記述が多くなるので、曖昧な箇所が多分にあると思います。ご了承ください。

 

再び『神様のボート』と『外科室』について考える

以前、私は 江國香織さんの『神様のボート』を紹介したことがあります。

 

そこで狂気について少し触れました。純愛と狂気は紙一重です。私は『神様のボート』は純愛小説だと思います。美しく力強く、一途に人を想う。

 

江國香織さんは、『神様のボート』について「狂気の小説」と何かのインタビューでおっしゃっていました。

 

江國さんの言う「狂気」は、ただ一人の人を思う情熱のことを指すのだと私は思いました。

 

私たちは、自分の一生の中でどんな人と出会うのかを知ることはできません。だから、自分の年齢や、漠然とした不安や、世間体など、不確かな感情でもって「運命の人」を決めたりします。

 

けれど、その後に出会うこともあるのです「運命の人」に。もし、そんな決断の後に、魂が呼び合うような人に出会ってしまった時に、誰を選ぶか。何を優先するか。

 

多くの人は、今の生活を優先するでしょう。これを現実とするなら、今のしがらみを壊して、多くの犠牲を払ってでも自分の感情に従うことは、やはり常軌を逸しています。

 

それでも、私は、江國香織さんの『神様のボート』は、一途な思いを描いた純愛小説だと思いました。ひたすらに、信じて待つ。打算のない、美しい恋愛小説です。

 

そして、純愛の極致を「狂気」とするのなら、それはきっと、泉鏡花の描く『外科室』の世界ではないか、と思うのです。

 

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そして『寝ても覚めても

柴崎友香の『寝ても覚めても』は、鏡花とは別の「狂気」を描いた小説です。

 

寝ても覚めても

寝ても覚めても

 

 

あらすじ

主人公の朝子は、ふらっと入った商業ビルの中で偶然見かけた青年に一瞬のうちに釘付けになってしまいます。まるで蜃気楼のようにつかみどころのない始まり方です。

 

青年の名前は「麦(ばく)」。

 

ゆらゆらと揺蕩(たゆた)うようなのに、とても自然に二人は近づいて、何となく一緒に暮らし始めます。

 

つかみどころのない、ふわふわと宙に浮いたような時間は、けれど、朝子には濃密な愛の時間です。

 

そして、この現実的と言えない状況が、とても自然に私の中にも入ってきました。

 

「麦(ばく)」

 

私も恋に落ちてしまったのです。

 

麦も朝子を愛します。とても大切に思っています。不思議な始まり方ではあるけれど、二人の間には確かな愛情が育まれている、幸せな空気に包まれたころ、麦は朝子の前からふっと消えてしまいます。

 

「パンを買ってくる」そう言ったまま。

 

朝子の時間は止まってしまいます。魂が麦を求め彷徨って、朝子は抜け殻になってしまうのです。

 

数年後、新しい土地で朝子が出会うのは「麦」と同じ顔をした「亮平」。

 

朝子は「亮平」の中に「麦」を求めて近づきます。

 

それでも、紆余曲折ありながらも気が付くと、新しい時間を「亮平」と歩き始めています。

 

けれど、やっと「亮平」を「亮平」として愛すようになったころ、再び「麦」と出会ってしまうのです。

 

寝ても覚めても』の中の狂気

自分で制御することのできない、どうしようもない思い。朝子は、自分の中に根付いてしまった「麦」に翻弄されます。

 

後先も、人の気持ちも、生活も、何も考えることができない。まるで熱病です。そこにはもはや「純愛」の表現はありません。

 

自分の中の感情の混沌の中でそれでも、朝子は選択をします。それは、「人として」でもなければ「動物として」でもない。

 

ただ、感情の渦の中で彼女にしか見えない細糸に掴まるようなもので、他人から見ればまさに「狂気の沙汰」です。

 

朝子の選択に、私は愕然としました。数日は、ショックを引き摺ったくらいにです。

 

映像にするのなら…キャスティングについて思うこと(完全なる私感)

私はよく、小説を読みながら、キャスティングを考えます。頭の中で映像化して、ああでもない、こうでもない、と思いめぐらすのです。

 

私は「麦」にメロメロになりました。

 

麦はこの人

2018年。私が『寝ても覚めても』を手にしたのは、西城秀樹さんが亡くなって2か月くらい経った頃です。

 

私は、何と秀樹さんを知りませんでした。正確には、記憶になかったのです。それで、ニュースを見て「どんな人だったかしら」とネットで検索するとYouTubeにたくさん動画が投稿されていて、そこで、あらためて知ったのです。

 

懐かしいなどと思いませんでした。初めてみる人。初めて聞く歌。最初こそ時代を感じて「昭和!」などと思っていましたが、いつのまにか虜になっていました。

 

少し世代はずれますが、それでも、秀樹さんを知らない世代ではありません。ただ、私は、幼いころからテレビを自由には見せてもらえなかったせいで、全くもって知らなかったのです。

 

実は、ブログを始めようと思ったのも、西城秀樹さんについて書いてみたいと思ったことが理由の一つです。ただ、それには勇気が必要でした。こんな妄想書いていいのか、今も、恐る恐る、です。

 

・・・これ以上、文章が冗漫になるのは避けたいので、今回はこの辺で止めておきます。

 

とにかく、麦は20歳くらいの秀樹さんです。ロングヘアでキラキラしている。

ただただ情熱的、というわけではなく、ふと見せる儚げな、どことなく不安げな表情が印象的です。

 

当時の記憶は、残念ながらほとんどありませんが、今聴くと、どの歌もとても丁寧に歌っていらっしゃいます。

少し不安げで、寂し気で、それでいて強さも感じさせる。小説の中で(正確には、私の頭の中で、です)秀樹さん(=麦)が生き生きと動いていました。

亮平はこの人

髪を切ったころの秀樹さんです。ちょうど「ギャランドゥ」を唄っていらっしゃる頃です。

 

これもYouTubeで知りましたが、髪の毛を切っても美しさは変わりません。それでも、大人の雰囲気が、少し現実味を帯びて、まさに亮平です。

 

「抱きしめてジルバ」を唄っていらっしゃる頃は、少し「こなれた」感じが出てきているので、イメージは1983年ころの秀樹さん。

『Mad Dog』は、イメージより少し大人な秀樹さんです。

アルバムは、非常にエネルギッシュ。今聴いてもノリの良いカッコイイ作品です。

 

秀樹さんの画像は、著作権の問題が厳しく、ブログで紹介することができませんが、素晴らしい作品のいくつかが、Amazon楽天で再版され始めているようです。 

朝子はこの人

小説を読んだ当初から色々と考えながら、なかなかピンとくる方が浮かびませんでした。が、先日、何とはなしにみていたYouTubeで「藤谷美和子さん」を見つけました。

 

当時は、不思議な人、というイメージでしたが、はかなげで、けれど何をするかわからない不安定さをもった雰囲気がいい感じです。

 

今の時代なら、新垣結衣さんや蒼井優さんでしょうか…。 

その他の登場人物について

色々と考えていたのです。下宿先の親子や、朝子の友達。でも、なかなか、ぴったりとくる方が浮かびません (-"-)

 

読み直す度、いろいろな方が浮かんできそうです。

 

映画『寝ても覚めても』について思うこと

私の中の「麦」は、現実感がありません。

捉えどころのない社会不適合者、というのではなくて、現実感がないのです。

 

いつかふと消えてしまう、いなくなってしまうようなはかなげで不安定な雰囲気を纏っているのが「麦」です。

 

他の誰かのもとへ行ってしまうのではなくて(それは現実的です)、煙のように消えてしまうのです。確かな存在感があるのに。

 

寝ても覚めても』が映画化されると知った時、そして、主人公が誰か・・・「麦」と「朝子」が誰かを知った時に、とても落胆しました。

 

あくまでも私見ですが、東出昌大さんは現実感がありすぎる。

そして、唐田さんは、現実を超える力が弱すぎる。そう思ったのです。

 

もし今の役者さんでキャスティングするなら

麦と亮平

窪田正孝さん。繊細な役も強い役も、なんでもこなせる、ドキドキさせてくれる俳優さんです。

朝子

難しい。。。綾瀬はるかさんや蒼井優さん、新垣結衣さんがイメージですが、年齢が少し上ですね。

 

麦が消えて、生きる気力を失って、たとえば何日も急須を洗わずにカビが「浮島のように」浮かんでしまうまで家事もできない。そんなどうしようもない時間を上手く表現できる人がいいのです。

 

ただフワフワとはかなげな女優さんでは、朝子にはなれない。けれど、しっかり存在感を示してしまう女優さんでもダメなのです。。。

 

 

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