迷子の日記。行ったり来たり。

本当に本当に本人以外にはどうでもいいようなことをつらつらと書き連ねています。このブログにはアフィリエイト広告を使っています。

【母と暮らせば】母、指を切る

お昼前のことでした。

「おねえちゃん(私のことです)」階下から母が呼びます。

 

再就職が決まり、詳細についてスマホに電話がかかってきたりするので、基本的に、母が私を階下から呼ぶことはありません。

 

再就職云々がなくても、のどの調子が芳しくなく、母はあまり大きな声で私を呼ぶことはなくなりました。

 

それが、私を呼んでいる。

何事かと、読んでいた本を置き、慌てて階段を数段降りたところで

「ちょっと指を切っちゃって」

 

少しのことなら、母は私を呼んだりはしません。

 

「大丈夫!?」

すぐに部屋に戻り、絆創膏をあるだけ持って、再び、バタバタと階下へ降りると、

「輪ゴムで縛ってほしいの」

 

えっ!?

 

「ちょっと、手を離すと血が噴き出すから、お母さん、押さえとかなきゃだめだから」

 

輪ゴムなんてどこにあるのか分かりません。

 

新聞紙をまとめるビニールひもがそばにあったので、それを持って母の前にひざまずく。

 

右手親指です。

 

「第一関節をぎゅっと縛って」

 

「痛くない?大丈夫?」言いながら、言われるように全力で縛りました。

 

「一体どこをどう切ったの?とりあえず、しっかり傷口をふさぐ絆創膏を持ってきたから、これを貼りましょう」

母に言うと。

 

「手を離すと、血が噴き出るの」

何がどうなっているのか分かりません。

 

大量の絆創膏の中から適当な大きさのものをさがして、母の指に巻こうとする。

私の指を使って、どこを切ったのか確認します。

 

「親指のどの辺?」絆創膏を貼る場所を知りたいのに、指を切った時の状況を母は詳しく語ろうとする。

 

どうやらスライサーで千切りキャベツを作っていたらしいのです。

 

「あ。これがね、おかあさんの指の先。ちゃんと拾ったんだけど」

言いながら、全力で傷口を押さえている左手を少しだけそっと外して、小指でつかんでいたタオルハンカチを私の目の前に落とす。

 

「それそれ。お母さんの親指の先」

 

言った瞬間、傷口を押さえていた手が緩み、本当に血が噴き出して。

その光景を見た途端、頭がぼわんとして気が遠くなりそうになる。

 

何とか、むりやりに二枚の絆創膏を巻き、

「ああ、びっくりした」と言う母に

「病院に電話するから、これから行きましょう」と言いました。

 

「そうねえ」母は妙に冷静に「はい、これが診察券」と引き出しから取り出して渡してくれる。

 

かかりつけの病院が総合病院であることを心の底から幸せに思い、電話します。

受付の方に母の名を告げると、すぐに状況を聞いてくださる。

 

「料理中に指先を切ってしまったんです。出血がひどいのですぐに診ていただきたいのですが」

「どれくらいで来られます?」

「15分以内には」

 

非常にスムーズに連絡できました。

 

「じゃあ、ちょっとお母さん行ってくるわ。これじゃ、自転車は無理だから歩かなきゃだめね」という母に、

「私もついて行くわ」というと

「ありがとう」と安どの表情を浮かべる。

 

大慌てで、身支度をして、財布と保険証と診察券等々、病院グッズを持ちます。

 

マスク!マスク!

 

こんな時も、マスクだけは手放せない。

マスクは、きちんと付けると炎天下ではとても息苦しいので、母の顎にかけます。

こうしておけば、病院に着いたら、ひょいと鼻先まで上げるだけです。

 

徒歩15分。母はよく頑張って歩いてくれました。

 

◆◆◆

 

かかりつけ医は、昔の知り合いです。

「久しぶりだね」声をかけられて、その人が、当時の面影がないくらいに痩せていることに少しショックを覚えます。

 

もう、母とその人との付き合いの方が、私とよりずっと長い。

 

看護師さんは、慣れた感じで

「ちょっと傷口を見せてねえ。あら、こんなに縛っちゃって」

全力で縛った紐を手で解こうとしている。

 

「すみません。私が全力で固結びにしてしまったので・・・」

「ホントねえ。ハサミを使おうかなあ」

ゆっくりとした動作に、冷や冷やします。

 

作業をしながら、

「どうしてたの?」普通の会話の調子で母に尋ねる。

「スライサーってあるでしょう。あれでね、今日は、スイミングスクールに行こうかなあって思いながら、キャベツをね・・・」

 

まどろっこしい母の説明を、急かすことなくそのまま聞いてくださる。

 

私はと言えば、ゆっくりと進む会話と、噴き出す血に、気分が悪くなってきてフワッと身体が浮きそうになります。

 

「キャベツだったら、不潔じゃないから、このままテープ使おっか」

「元気だった?」

看護師さんに指示を出しながら、流れるように、先生が私に近況をたずねる。

 

「マスクをしてるから、顔がよく分からないね」

大慌てで、眉さえ整えずに飛び出してきたことが、急に恥ずかしくなりました。

 

◆◆◆

 

治療は、驚くほど簡単でした。

 

麻酔も何もありません。

 

傷口の洗浄や消毒もありません。

 

止血用の被覆材を患部に当て、粘着効果のあるガーゼを巻きます。

 

「これは、止血用の被覆材だから。3日後にまた来て。今度は、肉が盛ってくるような薬の入った被覆材に替えるから」

 

「防水のカバーなどはないのですか?」と尋ねると

「うーん。あるけど、上手く巻けるかなあ?やってみようか?」

 

お願いして、巻いていただいたら完了です。

 

「麻酔も痛み止めもなくて大丈夫ですか?」恐る恐る尋ねると

「大丈夫だと思うけど、ロキソニン出しとこうか・・・」

 

かなり深い傷でしたが、一針も縫うことなく治療が終わるなんて。

技術の進歩はすごいなあとつくづく感心したのでした。

 

◆◆◆

 

私が運転できないせいで、母を炎天下に15分も歩かせなければならない。

申し訳ないなあと思いながら、先に母を家に帰します。

 

支払いを済ませて、薬を受け取って自宅に帰ると、ケロッとした母がいました。

 

「まあ、不思議なのよ。ちっとも痛くないの。」

「ふふ。先生、あなたのこと時々話してたのよ。マスクで顔がよく分からないけど…っておっしゃってたわね」

 

出かける時、そのままにしていたテーブルの血はきれいに拭き取られていました。

 

こわごわ入った台所も、事故の形跡がありません。

 

途中までスライスされたキャベツもきれいで、残りの1/8くらいのキャベツは炒め物にちょうどよい量です。

 

何事もなかったかのように、先生のことや昨日のテレビのことなど話す母に心から感謝します。

母は気丈です。

 

「鎮痛剤なんてお母さんいらないわ。あなたにあげる」と言う母に、

「あとで痛みが出てくるかもしれないから、お守りとしてしばらくは持っておきましょう」と言ったのですが、案の定、昼食の後少しズキズキするらしく一錠飲みました。

 

疲れたのでしょう。

昼食後、すやすやと寝息を立てている母の姿を見て、上手く言えませんが、この上ない幸せを感じました。

 

それと同時に、これからは、こういうことが増えるのかもしれない。

強くならなければ、とも思ったのです。

 

◆◆◆

 

【15年ぶりの母との生活はいろいろと刺激的です】 

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