迷子の日記。行ったり来たり。

本当に本当に本人以外にはどうでもいいようなことをつらつらと書き連ねています。このブログにはアフィリエイト広告を使っています。

お母さん、わからないんよ

今日は、母がトイレで失敗してしまいました。今年に入ってから3回目です。

最初にこうした出来事が起きたのは、年が明けてすぐだったと思います。ただ、その時のことを記録していなかったのが、今になって悔やまれます。時間が経つと記憶はどうしても薄れていくのに、あの瞬間の衝撃だけは、今も胸に残っています。

あの日は入浴後、私は自室にいました。ふと、異様な臭いに気づいて階下に降りると、母が「大丈夫、大丈夫よ」と繰り返していました。でも、それは明らかに普通の状態ではありません。廊下まで降りると、真冬の寒さの中で、どうしてよいか分からない様子の母が裸のまま茫然と立っていました。
思わず強い口調で、「なにも大丈夫じゃない。片付けるから、動かないで」と言ってしまうと、母はぽろぽろと涙をこぼしながら言いました。
「どうしたらいいか、なにが起こったのか、お母さんわからないんよ」
私は情けなくなりました。母の気持ちに寄り添いたいと思いながら、強烈な臭いへの拒否感で、優しい言葉一つがでてきません。

それからしばらくして、母の足先に壊死が起き、母は歩けなくなってしまいました。病院にも通いましたがなかなか良くならず、一時期は「切断の可能性がある」とまで言われていました。
移動が難しくなった母の生活は一気に制限され、それに伴って認知症の症状も急速に進みはじめました。

昨日は、トイレに入ろうとすると床に汚れがありました。母は「ずっと便秘なのよ」と言っていたのですが、状況からして、何があったのかは明らかでした。

そして今日、昼すぎ。母がトイレから私を呼ぶ声が聞こえました。扉を開けた瞬間、あの年初の記憶がよみがえります。

嫌悪感で一杯になりながら、まずは母を浴室に連れて行き、全身を丁寧に洗いました。恥ずかしいなんて言っていられません。それから髪も洗います。
そのあと、トイレや廊下、便器、隅々まで一時間ほどかけて掃除しました。イライラしそうな気持ちを抑えながら、やっと一息つけたとき、不意に母がとても惨めで、でもどうしようもなく愛おしく感じられました。

三時です。いつもお茶を所望するので、「プリン、食べる?」 と訊いてみると「食べる!」と無邪気に返事をします。
母の嬉しそうな顔に、思わず笑みがこぼれました。みると、まだ髪は少し湿っています。先にドライヤーをしなければ、と母を椅子に坐らせて、髪を乾かしていると、母が
「さっきね、誰かわからないけど、お母さんにプリンがあるって言ってくれたのよ」と言います。
それ、きっと私ですね。

母の状態が悪化し始めた頃に介護保険の申請をしましたが、面談のときには見違えるほどしっかり受け答えをしていたため、「要支援2」と判定されました。歩行が困難であることを考慮しても、その結果には少し不安な気持ちがありました。確か、5月の終わりころでした。

これから夕食の準備にとりかかります。

母のことを本当に愛おしく思います。その一方で、母がいなくなったときのこともよく考えるのです。
今、母は何事もなかったかのように私に世間話をしてくれています。
だから私も、何事もなかったように話しています。

介護については、まだまだ分からないことだらけ。やらなければならないことはたくさんあります。

 

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