母が揚げ物が好きだったことを、つい最近まで私は知りませんでした。
4年前に初めての入院を経験した母は、退院後、たびたび近所のお弁当屋さんの唐揚げ弁当を所望するようになりました。
基本的に、私は家で揚げ物をしません。
退院後の家事は私が担っていますが、母が台所に立っていたころを思い返しても、煮物や炒め物が中心で、たまに食卓に並ぶ揚げ物はお惣菜でした。
もちろん、子供の頃は頻繁に揚げ物をしてくれていましたが、それは食べ盛りの子供たちのために作ってくれているものだとばかり思っていたのです。
近所のお弁当屋さんでは、ときどき「唐揚げ弁当フェア」とか「のり弁フェア」などと銘打って、人気のお弁当を格安で販売してくれます。
母はそんなチラシを見ると、丁寧に畳んでとっておいて、私に「こんなのが入っているわよ」とウキウキと見せてくれるのです。
テレビでCMが流れると「これよ、これ」と言うので、たまにはいいか、とキャンペーン期間中の一日だけお弁当の日にします。
とはいえ、母の運動量はずいぶんと減ってしまったので、食も細くなりました。
お弁当は、小さなものでも一人前を食べきれません。
最近は、一つのお弁当を半分に分けて食べています。
お弁当はネットで注文し、支払いまで済ませてからお店まで取りに行きます。
取りに行く直前まで、「お母さんは、お弁当は1つ食べられないから半分こしてね」と繰り返します。
いつもは。
それが、この日は違いました。
「みんなの分も買ってきてね」
はっとしました。
さっきまで、普通に会話をしていたのに。
「みんなの分って、どういうこと?」
「あら、二階の人の分よ」
「二階って誰の分?」
「ふふふ」笑って答えてくれません。
「ねえ、お母さん。二階って誰の分よ」
「だから、ふふ、いるじゃない、ふふ」
「なんで笑うの?」
「なんでって、そりゃ、ふふ」
「二階って、何人いるの?」
「お母さん、よく知らないけど、いるじゃない」
一呼吸おいて、静かに言いました。
「お母さん、毎日毎日おんなじこと言って申し訳ないけど…うちは、お母さんと私の二人暮らしよ」
「・・・」
納得したかどうか、もはや自信はありませんが、とりあえず無事、夕食は済ませました。
◆◆◆
のり弁を半分に分けると、なかなかに侘しいものです。
それでも、これ以上何かを添えると「多い」と言って食べないので、仕方ありません。
ご飯をお茶碗に盛り、白身魚のフライとちくわの天ぷらを半分にしてお皿にのせると、何とも言いようのない侘しさが、体中を包むように感じました。
母の好物である買い置きの金時豆を添えて、今日は家事を少しだけ休ませてもらうことにしました。
デザートのヨーグルトを食べ終えると、母はいつものように少しだけ横になります。
一瞬起きてきて、「朝だ」と言い、「夜よ」と伝えても納得しないまま、「もう少し寝る」と再び布団に戻りました。
できることなら、一度でいいから、母の頭の中を覗いてみたい――そんな気持ちが募るばかりです。
【母と過ごす日々の記憶を、少しずつ綴っています。よろしければ、こちらの記事もご覧ください。】
i-am-an-easy-going.hatenablog.com