母は、わがままです。
「着るものがない」「ワンピースが欲しい」「高いのはいらない、安いものでいい」そして「しまむらがいい!」と言う。
これまで母は、衣替えを自分で行っていて、私が手伝おうとすると頑なに拒んでいました。
「お母さんはね、自分で衣替えができたら、”今年もできた、やった!”って思うのよ」と、誇らしげに話していたのです。
ところが、今年は様子が違いました。
苦戦している姿を見て、「私が入れ替えようか?」と声をかけると、すんなり「お願い」と。少し驚きました。
そして衣装ケースを開けて、さらに驚いたのです。
――何もない。
「捨てすぎたかしらねえ…」と母。
そこで、しまむらへ行って買ってきました。片道20分以上歩くので、でかけるとまとめ買いです。
母の衣装ケースの中にTシャツはたくさんあったし、ワンピースも2、3枚はあった。
そんなことを思い出しながら、脱ぎ履きのしやすそうな少し短めの丈のパンツとタンクトップ、ショーツは少し多めに…思いつく限りをかごに入れました。
最近は生地の開発が進み、酷暑でもさらりと着られる優秀なワンピースが手頃な価格で手に入ります。
最近は、母の日常着や下着はほとんどしまむらで揃えています。
いくら安いとはいえ、着心地もデザインも無視できません。
無心で選んだラインナップは、ちょっと胸を張りたくなるほどです。
買って帰って広げたとき、母は「いい感じ」と喜んでいました。
ところが、一押しのワンピースをいざ着てみると、「丈が長い」と文句を言って、着ようとしません。
「裾を上げてよ」と言われ、仕方なく針を持ちました。
「裾は切ってしまえばいいのよ」と母は言いましたが、また元に戻したり、長さを出す必要があるかもしれないと思い、そのまま約15cm裾を上げることにしました。
けれど、新しい生地はつるつる滑って扱いづらく、しつけをしても布の重さで微妙に裾上げの幅がずれてしまいます。
急な通院が続いたことを言い訳に、あと1/3ほどを残して1か月以上も放置してしまいました。
ずっと残った夏休みの宿題のようになってしまったワンピース。
昨日、ふと思い立ち、ようやく残りを縫い終えました。
ちくちくと纏った小さな縫い目は、表から見るとちょうど飾りステッチのように見えて、なかなかの仕上がりです。
母はそれを着て、「まあ、気持ちいい」と喜んでくれました。
丈もちょうどで、よく似合っている。頑張ってよかったと、私も満足です。
◆◆◆
翌日、8月13日。
昨日着ていたはずのワンピースが見当たりません。洗濯機の中にも、母の寝室にも、リビングにも。
朝7時半。まだ眠そうな母を起こして、着替えを渡しました。
歯磨きをしようとする母に、「昨日のワンピースはどうしたの?」と訊いてみましたが、「昨日?」と首をかしげるばかり。
覚えているわけないか…と、あきらめました。
念のためゴミ箱ものぞきましたが、入っていません。
また、びっくりするような場所から出てくるかもしれない。そのときはそのとき。そう思って、洗濯機のスイッチを入れました。
洗濯が終わり、「さあ干そう」と中をのぞくと、白い洗濯ネットにきちんと畳まれて入っている、母のワンピースがありました。
時間をかけて裾上げしたワンピース。
母が大事に思ってくれているのだと思うと、なんだかとても嬉しくなりました。