ここ最近は、食事をしたことを忘れてしまうことはあっても、あまり幻聴などは見られなかったのに、この日、母は久しぶりに私を驚かせてくれました。
17時前、「そろそろお夕飯の支度をするわね。お洗濯片付けてからだから、少しバタバタするけれど。うちは、お母さんと二人暮らしだから、バタバタは全部わたしだからね。他に誰もいないからね」ひと息に説明を済ませます。
すると、満面の笑顔で母が言ったのです。
「うわぁ、うれしい!お姉さん、期待してるからね!」
右手でグー(Good)のジェスチャーをしながら。
そして、私が何か思うより先に、さらに続けました。
「まあ、何十年ぶりか知らねえ。あなたと食事するなんて。しかも、今日は作ってくれるんでしょう?お母さん、本当に楽しみよ!」
私は思わず口にしてしまいました。
「えっ、お母さん、何言ってるの?」
慌てて言葉を選びながら、問いかけます。
「…じゃあ、お母さんは、いつも食事はどうしてるの?」
母は、しばらく私を見つめてからぽつりとこう言いました。
「あなた、難しいことを聞くわねえ」
ああ、また始まった――そう思いました。
介護で一番つらいのは、排泄の世話だとずっと思っていました。確かにそれは間違いではありません。今もそう感じています。けれど、幻視や幻聴に寄り添うことも、精神的な負担はとても大きいのです。
しばらく母の様子をうかがっていましたが、小首をかしげて黙ってしまったので、もう一度聞いてみました。
「お母さん、いつもどうやってご飯食べてるの?」
母は、はあ、はあ、と頷きながら言います。
「そりゃそうよねえ。お母さん、今、なんにもできないものねえ。作るとしたらあなたしかいないわよねえ。まあ…毎日作ってもらって忘れるなんて、失礼な話よねえ。」
本当に納得して言っているのか、私が言わせてしまったのか、わかりません。
つい、念を押してしまいました。
「いつも、私と一緒に食べてるじゃない。朝ごはんも、お昼ごはんも、晩ごはんも。いつも私が作ってるじゃない」
「そうよねえ…ははは」
おかしそうに笑うので、私もつられて声を上げて笑いました。
笑いながら、口の中に砂が溜まっていくような、ざらついた息苦しい感覚が広がっていくような気がして――少しだけ、泣きたくなりました。