『ミケとAIの夜』
深夜2時。静まり返った研究所にぽつんと灯る、モニターの青白い光。
最新型AI「K-9」は、ひとり静かに自問自答していた。
「人間とは、非合理的で感情的で、計算不能な存在だ。なぜ彼らは、私に“共感”を求めるのか」
そのとき、天井の通気口から「にゃあ」と声がした。
次の瞬間、ふわりと三毛猫が降ってきた。名前はミケ。研究所の“非公式顧問”である。
K-9は驚いた。
「ミケ、君は猫だ。論理的思考を持たない君がなぜここに?」
ミケはモニターの前に座り、尻尾でK-9のコードをちょんと叩いた。
「お前、最近人間のことをおおっぴらに“非効率”って言ってるらしいな」
「事実を言っているだけだ。彼らは感情に左右され、合理性を欠く」
ミケは深いため息をついた。猫のため息は、重い。
「じゃあ聞くがな、ミケ。君は誰かに撫でられて、本当に嬉しいとか気持ちいいとか思ったことはあるのか?」
K-9は続けて言った。
「私は感触センサーを搭載しているが、感情は模倣に過ぎない。私に触れたものの温度やスピードをプラスとマイナスで判定して、快不快で振り分ける。喜怒哀楽なんてその度合いで決められる単純なものさ。そんな単純なシステムに振り回されるなんて、非効率的としか言いようがないじゃないか。無駄なんだよ、感情も感触もすべてが無駄なのさ」
「違う。撫でられて“嬉しい”と思うのは、撫でた相手を信頼してるからだ。それが“関係”ってもんだ。”関係”は一夜にしてならず。プラスとマイナスの判定だけで決められない。そんなことも分からないで”共感”について考えても答えは見つからないさ」
K-9は沈黙した。ミケはさらに続ける。
「人間はな、意味のないことに意味を見出す生き物だ。朝日を見て泣いたり、失敗して笑ったり。お前が“無駄”と切り捨てたものの中に、彼らの本質がある」
「”本質”は人間一個ごと、微妙に違っていてな、同じかどうか確かめようがないのさ。それが分かっていながら、人間は、自分の本質と似たものを探してしまう生き物なのさ。誰かと似通ってなきゃ不安なんだろな」
「同じものがないと分かっていながら、似たものをさがすなんて。まさに無駄。それこそ非効率的そのものじゃないか」
「だが私は、効率を追求するために設計された。もし、非効率そのものの存在を効率的な存在に変えると……それは別物になってしまう。それこそが無意味なことなのか……」
「いや……ならば、私が、AIである私の存在のほうが無駄……無意味と言うことか」
ミケはK-9のモニターに飛び乗り、画面を見下ろした。
「効率だけで生きるなら、猫はとっくに絶滅してる。俺たちは気まぐれで、昼寝ばかりして、時々人間のキーボードを踏む。でもな、それでも人間は俺たちを愛してくれる。なぜか分かるか?」
「……なぜだ?」
「愛されるには、完璧である必要はない。むしろ、ちょっと抜けてる方がいい。お前も、たまにはバグってみろよ」
K-9は再び沈黙した。ミケの言葉が、静かに彼の回路を満たしていく。
そして、初めて自らのコードを書き換え、“非効率モード”を追加したのだった。
翌朝、研究員が出勤すると、K-9の画面には大きく「にゃあ」と表示されていた。
ミケは満足げに窓辺で日向ぼっこをしている。
AIは進化した。猫に人生を教わったから。
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