私は猫を飼ったことがありません。
正確に言うと、飼ったことがあるのは、カブトムシ、クワガタムシ、夜店の金魚、夜店のひよこ。
全部、小学生の頃。
団地に住んでいた頃のことです。
この小説には、猫が出てきます。
他に、一組の夫婦と一組の父子、そして一人の少女と生まれたばかりの子猫。
主人公の猫が、それぞれの登場人物を奇妙な縁で結んでいきます。
物語は、一組の夫婦と主人公の猫の出会いから始まります。
やっと授かった子供を流産し、夫婦の間には触れてはいけない空気ができてしまった。
平穏な生活の中で、時折、どうしようもない空気が二人の間を漂い、コトバを奪ってしまう。
そんなときに、迷い込んできた子猫が主人公のモンです。
モンは、今にも死にそうに弱っています。
その姿を見ると、妻は、亡くなった赤ん坊を思い出してしまうので、どうしても飼う気になれない。
人目につかないところで、ひっそりと息絶えてほしいと、林の中に置きに行くが、どうにかして子猫は、舞い戻ってくる。
何度でも。何度でも。
そのうち、夫婦は、子猫が、亡くなった子供の生まれ変わりのような気がして、飼うことを決心するのです。
やがて猫は、想像以上に成長し、他を寄せ付けない厳しさと凶暴さを備えた、まるで「一匹狼」のような猫になります。
本文では、
モン(主人公の猫の名)は牡牝を問わずどんな猫とも、敵意を剥きだしにして戦う以外の関わりをもてない一匹猫
と表現しています。
「猫鳴り」は、猫を撫でてやると、気持ちよさそうに喉を鳴らすのを、夫が勝手に名付けた呼び方です。
モンは、心底なついた数少ない人間にのみ心を許し、猫鳴りを聞かせる。
モンが関わった人間は、等しく、幸せではありません。
著者は、沼田まほかる。
「イヤミスの女王」の一人としてご存知の方も多いはず。
2012年、『ユリゴコロ』で第14回大藪春彦賞を受賞し、本屋大賞にもノミネートされると既存の文庫が一気に売れ出し、『九月が永遠に続けば』の文庫版は半年で60万部が増刷された。その他、『彼女がその名を知らない鳥たち』、『猫鳴り』、『アミダサマ』の文庫計4冊で発行部数は120万部を超える。
子供を流産してから、身内にどす黒い塊のようなものを抱えてしまった妻や、小さなもの(小動物や幼児)を見ると残虐な欲望が涌いてしまう引きこもりの少年。
頁をめくるうち、つい「何かが起こる」と身構えてしまう。
主人公のモンは、本当に猫なのだろうか。
それとも何かの化身?
不安の中に、少しだけ「沼田まほかる」の世界を期待している自分に戸惑いながら、読み進めていきます。
・・・物語の終りは、モンと夫との別れです。
動物でも人間でも、必ずやってくる別れ。
愛していればいるほど、その瞬間が恐ろしく、一秒でも先に延ばしたい。
そんな、胸が締め付けられるほどの苦しさが伝わってきます。
登場人物は皆、愛情表現が下手です。
ときには、愛情と嫌悪の境界が曖昧になり、愛情はあっけなく残忍で過剰な暴力への欲求にひっくり返ってしまう。
凶暴な一匹猫であったモンは、けれど、最後の最後、穏やかに、無防備に、夫に見守られながら、ただ「そのとき」を待ちます。
その姿は、不器用にしか生きられない者にとっては、理想的な終わり方だとうらやましく思いました。