【母と暮らせば】母の初恋(藤井風さん)
初投稿日:2022/3/8
きっかけ
藤井風さんのことを知ったのは、地方紙の文芸欄の記事を見たのがきっかけでした。
そこには「地方の言葉をR&Bに乗せた独特の歌詞と歌唱法が特徴」とあったような気がしますが、正確には覚えていません。
アルバムのジャケット写真が紹介されていましたが、そのオシャレな雰囲気と「地方の言葉」がどうも上手くマッチしないのがかえって印象的でした。
当時、というか今も、かもしれませんが、「方言を使った曲」と聞くとついコミックソングを思い浮かべてしまいます。
奇をてらった、一過性の音楽かと、そのときは思ったものでした。
それが確か新聞記事と同じころだったと思うのですが、当時よく拝見していたブログのなかに藤井風さんを紹介した文章を見つけて、「方言に惑わされてはいけない(?)」とリンクを辿ってみたのです。
衝撃的でした。
「何なんw」
イントロから洒落ていて、カッコいい。
声も低くて素敵だ。
だけど…え?
「歯にはさがった青さ粉」や「肥溜にダイブ」などと、到底歌詞になりえない言葉が耳に残ります。
「あんた」はいろいろな人が歌っているけれど、一人称が「わし」なんて聞いたことがない。
「付き合っている彼女が、自分の手を振り切って新しい世界へ一人で旅立っていったことを嘆く歌かしら?」
それにしてはMV*1からは、恋愛の雰囲気は一切感じられません。
むしろ善と悪がひしめき合っているように見えます。
YouTubeには、ご本人によるこの曲の解説動画が挙げられていました。
それによると、「何なんw」は「ハイヤーセルフを探そうとする歌」だそうです。
動画のタイトルが「"何なんw"って何なん」です。
何か…すごい。
彼は常に、自分の中の自己と対話をしています。
根底にあるのは、常に「愛」です。
もちろん恋愛も含まれるでしょうが、彼が見ているのは、そのもっと根底にある人が人として生きることにつながるもの。
スピリチュアルな世界というと敬遠してしまう方もいらっしゃるでしょうが、彼の言うスピリチュアルとは、それぞれの内面にあるすべての形あるものから解き放たれた「無垢」を指しているのだと思います。
そして、常に無垢なる我と対話しているはずなのに、ときどきなぜか道を誤ってしまう。
それが「何なんw」
若干22歳くらいのときの詩だと知って、どんな時間を過ごしたらこんな詩が書けるのかと圧倒されました。
さよならベイベ
故郷を離れるときに作った歌だそうです。
来んと思った 時はすぐに来た
時間てこんな 冷たかったかな
これまで時間の流れを表すのに「冷たい」と表現するのを見た記憶がありません。
とても共感できる表現です。
タイトルから「木綿のハンカチーフ」のような恋人との別れを思い浮かべていましたが、詩を良く読んでみると、そんな甘酸っぱいものではありませんでした。
彼のインタビュー動画の中で「ずっと故郷を離れるつもりはなかった」という発言がありました。
インスタグラムに上げていたらしい家族写真には、年老いたご両親の姿があります。
4人兄弟の末っ子らしい彼にはお兄さんが1人とお姉さんが2人いらっしゃり、皆すでに独立しているようです。
そんな背景を考えると、ご両親を残して上京する辛さや、捨てきれない音楽への情熱が伝わってきます。
新しい扉を叩き割った
前に進むことしか出来ん道じゃから
泣いとる時間もないようになるけどな
古い歌謡曲のように聞こえていたメロディーには、不退転の決意が込められているのだと感じられました。
母の初恋
母に藤井風さんのことを教えたのは、最近急激に体力も気力も衰えてきている中、新聞に目を通すことだけは続いているので、共通の話題にいいかな、と思ったからでした。
最初、「何なんw」のMVを見せた時は「良くわからないわ」と言っていましたが、NHKでドキュメンタリーが放送され、見入ってしまったらしいのです。
それから「風くん、風くん」と毎日、風さんの話題です。
「風くんに会いたいわあ」というと、何か動画を見つけて母に見せます。
私の勝手な解釈で「さよならベイベ」を解説したところ、涙ながらに「親思いの優しい人なのよ、風くんは」と想像以上にはまり込んでしまいました。
「お母さんは80年も生きてきたけれど、今まで一度も人を好きになったことなんてなかったの。」
「それが、この年になって人を好きになるなんて」
とちょっと頬を赤らめる様子は、見ていてこちらの方が恥ずかしくなるようです。
「今日はね、美容院で風くんのこと話したのよ。そうしたら”お若いですね”って言われちゃった」とか
何年かぶりに電話をくださったお友達に
「風くんのこと話したら、”知ってる”って言ってたわ。もう好きで好きで仕方ないって話したら”あらそう”って言われたの」
などと言います。
もう、別な意味で私はドキドキが止まりません。
それでも、この年になって恋する母の姿が見られるのは、とても幸せなことなのだと思います。
「笑顔がいいのよ」
「声がいいのよ」
と毎日、毎日、”風くん”のことで頭がいっぱいのようです。
「行けるものなら、風くんの住んでいた街にも行ってみたいわ」と言いますが、足が悪い母を連れて、車の運転もできない私が電車を乗り継いで出かける自信はありません。
ゴメンナサイ。
おわりに
藤井風さんの曲には、どれも、生きる目的や方向を見つけた人の苦悩と歓びが描かれています。
生きる目的もやりがいも見つけられないでいる私は、毎日がしんどくて仕方ありません。
それでも、風さんの描く歌は、「今この地球上にいるすべての人が学びの途中」だと教えてくれます。
そして、年老いた母のことも境界線を引くことなく受け入れてくれているようです。
ファーストアルバムの『HELP EVER HURT NEVER』には「常に助け、決して傷つけない」という意味があるそうです。
*1:ミュージックビデオ(music video)の略。