迷子の日記。行ったり来たり。

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三年ぶりの町内の秋祭り



3年ぶりに秋祭り開催、という回覧板が回ってきました。
各家庭に1枚、福引券も配布されました。
母は昔から、福引券が大好きです。
結構くじ運も良いらしく、過去にはテレビなど1等賞を当てた実績もあります。
 
先週の土日、待ちに待ったお祭でした。
新型ウイルスの感染拡大のため3年連続で見送られていた祭の、久しぶりの開催を祝うため、夕方4時ごろには打ち上げ花火の音が響きます。
 
会場は、ほんとうに狭い狭い場所です。
回覧板には「地蔵を移動したので、少し広くなりました」とありますが、小さな集会所がひとつあって、夜店のテントが5つ、6つでぎゅうぎゅうです。

 

祭のメインイベントは福引で、開催時刻の午後5時にはすでにくじを引く人たちで列ができていました。
役員の方々が「もう少し待ってな」と声をかけながら、福引に並ぶ人たちを飲食用のテントへと案内し、福引会場の前では、女性二人の和太鼓の演奏が続きます。
小さくできていた列に並んでいた母と私は、役員の方の声掛けに従って、テントの中に入って演奏を聴いていました。

 

最近は、田んぼや畑がどんどんと埋め立てられ、次々にマンションやコーポへと変わってきており、そこに住んでいるらしい若い家族が次々にやってきます。
「まあ、こんなにたくさん小さな子どもたちがいるなんて。賑やかねえ」母はすっかり相好を崩して、幼い子どもたちを見ていました。


演奏が終わる頃には、老若男女の入り混じった福引の長い列ができていて、母と私は最後尾を探して人を縫うように歩きました。

 

人が行違うのが難しいくらい狭い場所です。
走り回る子どもたちを避けながら歩いていると、小学校3年生くらいでしょうか、一人の女の子が自転車に乗って列の中に突進してきました。
スピードが出ているわけではないけれど、確信犯のようで、自転車に乗ったまま真っ直ぐ列の中へ向かってくるのです。
思わず母が、すぐ目の前で買ってもらったばかりの夜店のおもちゃを触っていた男の子の肩を抱いて、脇に寄せました。
「危ないよ」と声をかけて触れたのですが、マスクをしているし、声は出ていないし、知らないおばあさんだし、で、驚いたのでしょう。
「ママ、あの人が触った」男の子が(彼の)母親に駆け寄って、(私の)母を指さしながら(彼の)母親に抱き着いたのです。
母は状況がよく呑み込めていないようでした。

 

「今夜はお祭りだから、お夕食は久しぶり屋台の焼きそばにしましょうね。」母と話していたので、少し不安でしたが、母を福引の列に残して、私は屋台を覗くことにしました。
列を離れるときに「お母さん、なにがあっても絶対に小さい子を触っては駄目よ」母の耳元でささやくと「なんて難しい時代になったのかしらねえ」憮然として母が言います。要らないことを言ってしまったと反省しながら列を離れました。


焼きそばは、鉄板で焼き立てのあつあつを期待していましたが、事前に準備された段ボールの中の大量の焼きそばの中から2つ手渡されたときはがっかりしました。
1つ300円。
財布を出すと、「ごめんねえ。今年はチケット制だから。あっちで先に買ってきてもらえる?」優しそうな役員さんに言われて、600円分のチケットを買いに行くと「ごめんねえ。チケットは1枚千円。ハサミで切って使ってねえ」、これが祭りだ、楽しんでなんぼだ、と千円のチケットを1枚買って、ハサミで600円と400円に分けました。


急いで焼きそばの屋台に戻ると「おかえりっ」威勢の良い声で迎えてくださる。
残りの400円をどうしよう。
見回しても、あとはポッキーやプリッツなどの細長い駄菓子の入った紙コップが100円とプラスチック製のお丼に入った汁うどん300円、1カップ300円の日本酒と1缶200円のビール、焼酎、1本100円のサイダー、ジュースだけのようです。


少し悩んでジュースの列に並ぶと、担当のおばあちゃまが「そりゃ、こうなるわよねえ」と笑いながら、氷水で冷やしていたジュースを一本ずつ布巾で拭いて手渡してくださいました。


福引の結果は、多分最下位だったと思うのですが、有料の指定ゴミ袋でした。
ほとんどの人の手には、同じゴミ袋がありました。

 

案外、福引は参加賞が実用的でうれしかったりするものです。
昔、母は一等賞を当てて、テレビを持ち帰る羽目になったことがあります。
本来、貰っておいてこんな言い方はありませんが、実際のところ、大抵の家にはすでにテレビはあって、いきなりもう一台テレビが増えると困ってしまうのです。
母が「一等が当たると、大仰に鐘を鳴らされて、みんなに注目されるし、困るわって言っても、持って帰ってもらわないとこっちも困るよって言われて、ホント大変だったのよぉ」と言って帰ってきたことを思い出しました。(後日、テレビは、知り合いの知り合いと言う方がご主人の部屋に一台欲しい、と言うので引きとっていただきました。)

 

「さあ、お母さん、帰りましょう」
ぽつぽつしていた雨は、かなり本降りに近くなっていました。

冷めかけた焼きそばと久しぶりのコーラ。ファンタグレープにファンタオレンジ、それからカルピス。それと景品のゴミ袋を持って、「ゴミ袋が一番よねえ」とか「こんな時間に外を歩くのも久しぶりねえ」などと言いながら、濡れながら帰っていると、道端にあの女の子がいました。

自転車にまたがったまま、じっと夜店のテントの辺りを見ています。

新しい自転車。きれいな長い髪。お人形のような顔立ち。

なぜ一人なのかはわかりませんが、家族連ればかりの群衆を見つめる姿が意地らしく思えて、駆け寄って抱きしめたい衝動に駆られます。

けれど、音をたてて降り出した雨の中、声をかけることもなく通り過ぎてしまいました。

 

家に帰って、一息ついて、「焼きそば、温めようか」と言うと母が「そのままでいい」と言うので、冷めかけの焼きそばを、プラスチックの容れ物のまま食べました。
母は「キャベツは焦げて真っ黒。おソースがかかりすぎておそばも真っ黒。あら、おねえちゃんのはお肉もたくさん入っていてキャベツも青々として美味しそうねえ」と言います。
きちんと確認して渡してあげればよかった。
食べながら母は「もうお母さんは、来年からはお祭りには行かないわ」と言っていましたが、きっと来年になったら、またワクワクして福引券を持って行くのだと思います。

 

そういえば、父がまだ元気だったころ、秋祭りの焼きそばを担当したことがあります。

「SAWAさん(父のこと)の焼きそばは美味しいんだ」とどなたかが褒めてくださってご満悦だったのを思い出しました。

普段何もしないのに、褒められて張り切っていたなあ。

 

何はともあれ、役員の方々には、本当にお疲れさまでした、ありがとうございました、と心から思います。

 

来年も、楽しみにしています。