迷子の日記。行ったり来たり。

本当に本当に本人以外にはどうでもいいようなことをつらつらと書き連ねています。このブログにはアフィリエイト広告を使っています。

母の留守電

ある嵐の過ぎ去った夜

テレビのニュースに

母の幼なじみの家が映っていました

床上浸水で

公民館に避難した人の

家だといって

畳を全部上げた居間が映っていました

 

「みいちゃん」

叫んで母は受話器を手にしました

ジーコジーコ

うちの電話は黒電話

間違えないように一番ずつダイヤルします

ジーコジーコ

やっとつながった留守電にむかって

「うっ」

嗚咽を漏らし 慌てて受話器を置きました

 

そして すぐにまた

受話器を持って

ジーコジーコ

今度は少し話します

「もしもし みぃちゃん?」

それから「うっ」

声を詰まらせ 慌てて受話器を置きました

 

そして すぐにまた 

受話器を持って

ジーコジーコ

今度はもう少し話します

「もしもし みぃちゃん? かずこです」

それから「うっ」

また声を詰まらせ ガチャンと受話器を置きました

 

そして また

受話器を持って

ジーコジーコ

もう顔は涙でぐしゃぐしゃで

「もしもし みぃちゃん? かずこです。大丈夫?みぃちゃん大丈夫?」

それからまた「うっ」

声を詰まらせ 受話器を置いて 鼻をかみます

 

もう一度

受話器を持って

ジーコジーコ

少しずつ 指が番号を覚えます

「もしもし みぃちゃん? かずこです。今どこですか?」

そしてまた「うっ」

声を詰まらせ 涙でぐしゃぐしゃになりながら 受話器を置いて 一呼吸

 

そしてまた 受話器に手を伸ばした時

父が私に言いました

「お姉ちゃん。お母さんに 電話をかけるのを止めさせなさい」

自分で言わずに

私に言いつけました

 

私はそっと母の肩を抱いて

「大丈夫よ」と言って

受話器を置きました

 

次の日に

溢れるほどの留守電を聞いた みぃちゃんから

笑いながら

母に電話がありました

「大丈夫よ」

 

もう十年以上前の話

 

父が亡くなり 少しして

実家を出た 

私の携帯に

ある時

留守電がありました

「もしもーし お母さんです。お元気ですか?」

あんまり長く 連絡しないものだから

たったの三言

母の留守電

 

スマホに変えてからは

留守電の設定が分からないので

母からの留守電がありません

あんまり長く連絡しなかったので

ちょっぴり恋しくなりました

 

母の留守電が

恋しくなったので

今度電話をしてみます

声を聞いたら

きっとまた

新しい朝を迎えられます