【本の紹介】『痺(しび)れる』by 沼田まほかる
『痺れ(しび)れる』は、2010年4月に光文社から発行された沼田まほかるさんの短編集です。
9編の作品が収められていますが、どの作品も、主人公は女性。
荒唐無稽な話に感じるか、身につまされるか・・・もちろん感じ方はそれぞれです。
収録作品
林檎曼陀羅
主人公は、34歳になる一人息子のいる女性。
片づけをしながら、様々な思考が錯綜する。
読んでいると、ふと、認知症の進行過程をのぞいているようで怖くなる。
思考の錯綜は、時間だけでなく、場所にも及び、今、どこにいての描写か、迷うこともしばしば。
物語の後半、錯綜の原因が明らかになりますが、最後まで、息子の嫁の名前が錯綜している理由だけが明かされないのです・・・。
読後に、もやもやを引き摺ってしまう一編です。
レイピスト
実家に戻って、一番のユウウツと言えば、通りの暗さです。
残業でもしようものなら、緊張の15分がもれなくついてくる。
主人公の多恵子も私と同じ悩みを抱えています。
そして、物語では、残酷にも彼女は事件に巻き込まれてしまう。
彼女には、妻子のいる恋人がいます。
彼は、会社の上司で、多恵子の同僚とも付き合っている。
彼との別れを決心した彼女が、心の拠り所として選ぶのは・・・。
物語の展開は意外に簡単に予想が付きそうですが、どうしても共感できない、妙なもやもやが残ってしまう一編です。
ヤモリ
ゴキブリホイホイにかかった一匹のヤモリ。
美沙子は、流産し、夫に去られ、蓼科あたりの人里離れた山奥に一人住む。
古い家にはヤモリが何匹もいて、引き戸に挟まれたり、ドアを開く時に、壁に打ち付けられたりして死んでも、美沙子は気味悪くて始末ができない。
真夏の熱で干からびるのを待っている。
ヤモリの入ったゴキブリホイホイを井戸に捨てた時、親子ほども違うオサムが、庭の草を刈る代わりに二、三日泊めてほしいとやって来る。
見ず知らずの男性との奇妙な共同生活は、やがて終わりを迎えようとするが・・・。
想像通りの展開と言えばそれまでですが、オサムによって気づかされる美沙子の孤独の描写には身につまされるものがありました。
沼毛虫
「桜の木の下には死体が埋まっている」
・・・って、誰が言ったコトバだったかしら。
そんなことがふっと頭を過(よぎ)る、そんな物語です。
テンガロンハット
全編、関西弁で書かれたこの小説。
沼田まほかるさんの作品にしてはテンポが良い。
成り行きで、通りがかりの男に庭仕事を頼む、というシチュエーションは、先に紹介した『ヤモリ』と似ています。
通りがかりのその男が乗っているライトバンは、フロントガラスの下端に、赤いバラの造花がぎっしりと飾り付けてある。
彼は、器用すぎる便利屋。
庭仕事を終えると、翌日は雨どい、それから物置の戸と次々に修理していく。
美しい面立ちのテンガロンハットの男。
主人公の次子は、はじめ、その男の容姿に魅かれます。
それが、気が付くと、家全体が山小屋風に様変わりしていて、徐々に彼のことが薄気味悪く感じられ始める・・・。
どこか、安部公房の『砂の女』とか、宮沢賢治の『注文の料理店』を彷彿とさせる小説ですが、この物語には「オチ」がありました。
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TAKO
主人公の比呂美は、子供の頃からの人見知りで、大人になっても人と深くかかわりをもつことができない。
そんな彼女は、年頃に見合いをし、結婚し、家庭に入って、これが平凡なのだと思いながら淡々と日々をすごしています。
彼女を捉えて離さないのは、幼いころの思い出。
おばあさんの家に行くために一人で乗った電車で、怪しい男に声をかけられる。
サラリーマンらしいその男が、比呂美に渡した春画は、本物かニセモノかは分からないけれど、長く、深く、比呂美を捉えて離さない。
TAKOは、タコ、蛸です。
この小説にも「オチ」があります。
個性的な話ですが、人見知りの持つ孤独には共感できました。
普通じゃない
生きていれば、嫌なことはたくさんある。
たとえば、ゴミ。
分別チェックに命を懸けているような人は、町内に一人くらいはいるはず。
主人公は、デイトレードで生計を立てている女性。
生活は不自由ないが、不倫相手と別れてから、レンタルショップでDVDを見るくらいしか楽しみがない。
そんな彼女にとって、ゴミの分別に燃えている彼は、殺意を抱くほどに嫌悪する相手です。
ある日ふと思いついた殺人トリックが、彼女を想像と現実との境界を越えさせてしまいます。
結果は・・・運命のいたずらとしか言いようがない。
クモキリソウ
この物語の主人公である七枝もまた、不倫経験者であり、相手の男性は、妻子の下へ帰ってしまっています。
クモキリソウは、植物の名前です。
ラン科に属する山野草で、「花なのかどうかも、よくわからない(本文)」地味な花。
彼と別れてから毎年届くその花を、七枝は心のどこかで、彼が送ってくれているのだと思っています。
色々あって男と別れ、一人に戻った女たちは、なぜか、引き合ったりするものらしい。
「同じ匂いがする」とでも言うのでしょうか。
暴力夫と別れた登志子は、暴力の後遺症と地味な外見からずいぶん老けて見えます。
不倫相手と別れた後も、毎年届けられる花の苗の送り主に思いを馳せている七枝とは、一見すると接点がなさそうですが、彼女たちもまた例外ではないようです。
エトワール
恋愛において、純粋に相手のことを好きになる人はどれくらいいるのでしょう。
他の人の恋人、妻、夫・・・既に定まった相手のいる人をどうしても好きになってしまう。
オープンにできない恋愛にこそ、情熱を感じてしまう。
そういう人は、意外に多い。
今回の短編集に出てきた主人公たちの多くが、不倫中か、過去に不倫を経験した女性でした。
・・・と言うことは、本当に好きな人に出会った場合、その人を「ものにする」には、そういう状況を作ればいい?
タイトルの「エトワール」は、エトワールローズという花のことです。
「クレマチス」という別名の方が知られているかもしれません。
もともとは、丈夫な四季咲きの花だそうですが、冬枯れ*1しやすい。
物語の中では、枯れかけて弱った鉢植えで登場しますが、もちろん、クレマチスが四季咲きであることや、冬枯れをおこすことなどの説明はありません。
*1:根だけが生きて、地上部は枯れたようになること。