瀬戸内寂聴と聞いて何を思い浮かべるだろうか。
恥ずかしながら、私の寂聴さんへの印象は、愛に奔放で、出家して、作家で…99歳で亡くなった野性的に生きた女性といったものでした。
本書『瀬戸内寂聴物語』には、寂聴さんが辿った道筋が丁寧に描かれています。
一文字一文字追ううちに、ただただ本能に忠実に生きた女性ではなく、自分の人生を生きることへ誠実であり苦悩し続けた人であったことが伝わってきます。
寂聴さんは、自分の恋愛を多くの作品に昇華させました。
最初の恋は『場所』に。相手は夫の教え子です。
一度は彼と別れますが、寂聴さんが家庭のある作家と半同棲生活を送っているとき、再び関係を始めます。
当時の複雑な人間関係の苦悩や葛藤を描いたのが、寂聴さんの代表作と言われる『夏の終り』です。
本書『瀬戸内寂聴物語』には、作品以外にも寂聴さんの変遷が、彼女の写真とともに紹介されています。
なかでも、出家して仏門に帰依する前にキリスト教への洗礼も考えたことがあるという話は、なんとも日本人らしい変転に驚かされました。
文筆家としての寂聴さんが旺盛であったことは周知のことですが、晩年の彼女を突き動かしたことの1つに東日本大震災があります。
当時88歳で療養から復帰間もなかった寂聴さんが被災地を訪問したことついて、交流のあった住職、真鍋俊照さんは「自分の目で見て、体験したものしか信じない人だった」とおっしゃっているそうです。
著者は、寂聴さんの出身地である徳島県の徳島新聞社の柏木康弘さんです。
ときどきの新聞記事などを織り交ぜながら描く寂聴さんの道のりには、端々に寂聴さんへの尊敬と愛情が感じられます。
冒頭に掲載されているのは太宰治の娘・太田治子さんの文章です。
太宰の愛人の娘として生まれた治子さんが作家デビューなさったとき、デビュー作の帯に文章を書いたのは川端康成だったそうです。
きっかけが、寂聴さんから川端へ宛てた手紙だったとは、なんと華麗なエピソードでしょう。
寂聴さんは「烈しい生と美しい死を」という言葉を愛したそうです。
エネルギッシュに生き切った99年の人生が綴られた『生誕100年 瀬戸内寂聴物語』は、自身の来し方行く末について見つめ直すきっかけになる一冊です。
本書を読んで、寂聴さんの著作を一冊ずつじっくりと味わっていきたいと思いました。
「じっくり」と書きましたが、急(せ)くような気持ちです。
いつからか「人の一生は本当に長い」と思うことが多くなっていましたが、99年の歳月をまさに駆け抜けるように生き抜き、生き切った寂聴さんの一生を垣間見て、ざわざわと胸が騒ぐような気がしています。