決して小説家になろうと思っているわけではありません。
ただ、子どものころから、小説を書く人には興味がありました。
私にとって小説家は、日常生活のいろいろを物語に昇華させるとか、完全に日常生活から離れた異世界を創作するとか、考えただけで気が遠くなるようなことのできる人です。
昔から、彼らがどのようにして作品を書いているのか知りたいと思っていました。
偶然手にした本は、まさかの面白さでした。
テキストにしている作家は向田邦子をはじめとして、星新一、村上春樹、宮部みゆき、湊かなえ、大沢在昌、山本周五郎、松本清張、沢木耕太郎、桐野夏生、平野啓一郎…川端康成やオー・ヘンリーなど、時代もジャンルも多岐にわたります。
基礎編に書かれている純文学とエンタメ小説*1の違いや、シナリオと小説の表現の比較などは、目から鱗が落ちるようです。
表現方法については、単に作品中の文体や表現を採り上げて云々(うんぬん)するだけではなく、たとえば向田邦子と村上春樹の比喩の違いなど、描写の仕方をさまざまな角度で分析して解説しています。
映画で有名になった村上春樹の「ドライブ・マイ・カー」の人物描写など、最近の作品の解説も興味深いです。
著者の柏田道夫さんは、脚本家で小説家で劇作家で、シナリオセンターの講師もなさっている多才な方です。
柏田さんの脚本である「武士の家計簿」や「武士の献立」の映画はご覧になった方も多いのではないでしょうか。
柏田さんは「小説は読まなければ書けない」と断言しています。
こんな風に紹介すると、タイトル通り、本書が小説家になりたい方のための書物に思えますが、本書を読むと、小説を書く・書かないにかかわらず、自然と小説が読みたくなります。
本書は書きたい人のためだけでなく、読みたい人にとっても貴重な一冊、読書指南書としても充分に楽しめる一冊なのです。
本書を読んだあとなら、昔読んで「知っている」と思っている小説も、きっと、新しい気づきや新しい世界を与えてくれるでしょう。
もしかしたら、新しい気づきの先に「書いてみたい」と思っている自分がいるかもしれません。
もちろん、本書は、小説家を目指す方のための一冊です。
文学賞への応募の仕方やさまざまなデビュー方法についても書かれているので、小説家になりたい方は是非一度読んでみてはいかがでしょうか。
*1:中間小説や大衆小説のこと。厳密には、中間小説は純文学と大衆小説の間に位置づけられる