【本の紹介】『夜行観覧車』by 湊かなえ
初回投稿日:2019/11/12 最終更新日:2023/09/10
ドラマ化された小説
『夜行観覧車』は2013年にドラマ化されています。
ドラマが先か小説が先か
私はドラマを先に見ました。鈴木京香さんと石田ゆり子さんが出演なさっています(以下敬称略)。
私たちの生活にはあちこちに目に見えない境界があります。
本作での境界は、丘の上と下。
鈴木京香演じる主人公は、工務店に勤める夫と普通の成績の娘の平凡な家庭でありながら、ずっと夢見ていた「丘の上」に小さなマイホームを持ちます。
夢の生活は、丘の上と下の境界を無理やり越えたために不協和音を立てて、あっという間に崩れていくのです。
丘の上にマイホームを購入した主人公は、「丘の下」でパートをして懸命に家計を支えようとします。が、夫も娘も不相応な生活のプレッシャーで疲弊してしまうのです。
主人公の心の支えは、向かいの医師の家庭です。主人公にとって医師の家庭は、理想であり憧れでもあります。完璧に見える家庭が、実は崩壊しているなどと露ほども思っていません。
理想の家庭の主婦を演じるのは石田ゆり子です。
石田ゆり子演じる医師の妻は後妻です。先妻との間の二人の子供と自身が生んだ息子のレベルの差に悩んでいます。彼女の状況は、あたかも玉の輿結婚の側面、釣り合わない結婚の末路のように描かれます。
主人公は、近所に住む年配の女性の嫌がらせに悩まされています。ニューヨークに住む息子だけが生きがいの一人暮らしのその女性は、自分の生活圏に丘の下から新参者が入ってきたことが許せません。
ドラマでは、向かいの医師が殺されてから犯人が分かるまでが描かれていますが、一番描きたかったのは、丘の上と下の境界だったのではないかと思うのです。
一見完璧に見える人たちの抱える孤独。彼らは、境界を引くことでしか自分の居場所を確認することができません。
鈴木京香さんも石田ゆり子さんも大好きな女優さんなので、ドラマを夢中で見ました。杉咲花さんの熱演にも圧倒されました。
あまりにも印象が強かったので、どうしても原作を読みたくなって探しました。
『夜行観覧車』はミステリー小説とはいえ、ドラマは原作にない登場人物やエピソードが加えられているので、完全ネタバレというわけではありません。
原作を読むのがドラマのあとからになったとしても、十分楽しめる小説です。
小説家の目線を想像してみた
私はまだ小説は書いたことがありません。湊かなえさんの作品を読んで思うのは、小説は、日常の一部をデフォルメすること。
小説は、嘘ではないけれど全てが本当というわけでもありません。
小さな真実に焦点を当て、一見するとリアルに見える別世界を創り上げるのです。
どこを切り取るかは、作家のセンスにかかっているのでしょう。
以前、短大の同窓会で、嫉妬や優越感、競争心といった感情が湧きあがるのを目の当たりにしたことがあります。私は出席しなかったのですが、同窓会後のLINEのやり取りが私にも送られてきて、何気なく開いて、やり取りの底に潜むものを見た気がしたのです。
i-am-an-easy-going.hatenablog.com
彼女たちが現在不幸な状態にあるとは思いません。皆、それぞれに幸せそうです。だけれども、100%ではない。子供のことや親の介護など、それぞれに大変なことを抱えています。
それぞれの日常を離れ、同窓会のような同じ場所に立った瞬間に、つい背比べをしてしまう。
境界線を引いて「あっちよりはまし」と思ったり、上・中・下とランク分けして自分はどの辺かと考えたりしてしまう。
境界線自体は目に見えないはずなのに、人の数だけ線はあって、人と関わる分だけ境界線は絡まり合います。
さまざまな境界線を見つけて、どうやってほどいていくかを言葉にしていくのが小説家の仕事なのかもしれません。
久しぶりにサイードを思い出しました。オリエンタリズム的なもの、は私たちの日常生活に巣食っているのです。
「オリエント世界(西アジア)へのあこがれに根ざす、西欧近代における文学・芸術上の風潮」とされる。反東洋思想ともいう。または西洋の人々が東洋の人々を偏った見方で捉えようとする態度のことを指す。